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2017-09

【小説】東方奮戦禄:蜃気楼のかなたに - 2017.01.25 Wed

今回もクレーシリーズの小説第二部をお送りいたします。
もし第一章をお読みになってない方がおられれば、是非そちらからお読みください。第一章はこちらから。

第二章:蜃気楼のかなたに

航海をはじめて数日がたった。
既にオスマン帝国領に囲まれた、ジェノバ公国の飛び地の都市スシオもオスマン帝国が支配するイスタンブールも通り過ぎ、黒海に入って久しい。航海士が言うことが正しければ今日、目的地のイメレティ王国に到着するはずである。

トスカ号の船長の名はファブリッツィオと言い、すらりとした長身で、栗毛色の髪の毛をした30代初めの好青年だった。
彼が着ている、黒いサテン製の金色の刺繍が入った品の良いコートと、つばを跳ね上げて少し斜めにかぶったフェルト帽が船長としての彼の自信を示していた。
彼は10代のころからガレー船の船員として働き、最近になってトスカ号の船長になったという。

甲板に出てみると海からたまに見える陸の景色はすでに一変していた。 建物は全てイスラム建築にとって代わり、すれ違う船もオスマントルコの船と一見してわかる形になっている。 
さらにこの頃になると同行している士官や兵卒たちの表情が硬くなっていることが明らかに見て取れる。

現在オスマントルコとヴェネチアは和平協定を結んでいるため、正式な海軍から襲われる恐れはないものの、当然オスマン海賊はそんな協定など全く関係ない。 近場交易であるのに今回のガレー船がラ・レアル級の大型船になったのはそれなりの理由があった。現在通過しているところはオスマン帝国の懐深く、言い換えれば敵地のど真ん中なのだ。

ファブリッツィオ船長が落ち着いた声でパオロにこう言った。
「人生には何度か、些細に見える決定が人生を大きく変えることがある。だから些細なことにこそ真剣に向き合うべきなんだ」 

実にパオロにとって、今この船に乗ってることが既にその決定を下した結果だとは、本人ですらまだ気付いてはいなかった。 船長は続けた。
「あそこに漁船がいるだろう?あの、ただの漁船でさえ今の我々が警戒を怠ったらいけない相手なんだよ」

パオロが海に目をやると数隻のオスマン漁船が漁をしていた。 漁師たちがヴェネチアからのガレー船に好奇の目を向ける。
彼らはお互い何かトルコ語でしゃべっているようだが波の音で何を言っているかはわからなかった。

その日の昼過ぎになって前方にイメレティ王国が見えてきた。
ここまで来れば海賊の襲撃の心配はなく、ファブリッツィオ船長以下すべての船員が安堵の表情を浮かべた。

このイメレティ王国は周りは完全にオスマン帝国に囲まれているにもかかわらず隣国のサーカジアとジョージア共にキリスト教を奉じている国家だった。もっともロシア正教の影響が強いためローマカトリックのヴェネチアと同じとはいえないが。
また、パオロが寄港したこの時は国王はアレキサンダー3世が統治していた。
港に到着しガレー船を係留する。周りの船舶もオスマントルコやロシア風のものが大勢を占め、南と中央ヨーロッパの船は目視できる限りでは数えるほどしかいなかった。

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イメレティ王国の港はヴェネチアと比べたらはるかに小規模で、明らかに見かける交易品の種類も変わっていた。
ヴェネチアはいわゆる国際港のような港だが、ここはオスマントルコの名産やシルクロードからもたらされるインド方面の交易品などが大勢を占めていた。流石に高かったがスパイスや香辛料などもこの港でも購入することができるようだった。
トスカ号の乗組員は、ヴェネチアから運んできたオリーブ油や葡萄酒、様々な生地を船から下して仲買人に売りさばいて行く。
パオロは会計のために、お付きの補佐役と共に貨物から貨物を歩いて回り、売値と買い手の記録をつけていった。

到着が昼を既に過ぎていたため、日暮れまでにすべての荷物を下ろしきれなかった。それで翌日の荷下ろしのためにその日は早めに切り上げて、久々に陸で宿をとる。

夕食の為、パオロが酒場でほかの船員達とロシアの堅いパンと近海の魚、そしてボルシチを食べようとしていた時、向かいの席にファブリッツィオ船長が座った。 彼は今回がパオロにとって初航海であることを知っていて、いろいろと世話を焼いてくれている。

「このロシアのパンとやらは余りに硬くて歯が折れてしまうな」 そういって愉快そうに笑った。

「君は初航海とは思えないほど仕事をきちっとこなしてるな。将来きっと大物になるぞ」

「皆さんが助けてくださって、万事うまくいってます」 
若いが判断力が的確な船長を尊敬していたので、この誉め言葉は純粋にうれしかった。

「そうか。船上では仲間は家族だ。一人の力では船は1フット(約30㎝)も動かせないからな」 そう言いつつ船長はウォッカを一杯あおった。

「自分もいつかは名をのこすような船長になってみせるさ。そして更に広い世界を見るんだ」
そう言って、船長は子供のように目を輝かせた。

「きっと叶いますよ!いつか一緒に、新しい世界を開拓できたらいいですね。」
パオロはそう言いつつ、あのジパングのことを一瞬思いだした。

その夜は船長と時を忘れて夢を語り合った。 ただ、ジパングのことはまだ彼の中では遠くで揺れる蜃気楼のようだった。

宿に帰ったのはその日の遅くになってだった。
宿は酒場の二階にあり夜も外から聞こえる喧騒を聞きながら、彼はふと窓の外を見た。 月明かりの下、波がきらきらと光る海にロシアとオスマン建築の混在する街のシルエットが浮かび上がっている。 
ヴェネチアと全く異なる景色に、異国の地を踏みしめている実感がひしひしと湧いて出くるのを感じていた。

翌朝パオロが目を覚まして一階に降りると、昨日の賑やかさと打って変わって酒場の中が騒然としていた。
どうしたのかと酒場の主人に尋ねると、なんとオスマントルコがイメレティ王国とその隣国に宣戦布告し総勢75隻以上のガレー船団がイスタンブールからこちらの方に進軍してきているということだった。
ヴェネチアと和平協定があったとしても、パオロが現在いるのは当然ながらイメレティ王国である。 何日もしないうちに今いるところは戦火に巻かれることだろう。

今考えれば途中見かけたのオスマンの漁師たちはガレーが向かっている方向で何が起きるか既に知っていたに違いない。 当然ヴェネチアではこの報を既に聞きこの船と船員の運命に戦々恐々としていることだろう。 この時代は当然無線機器も電話もないため、航海をしている船は文字通り海の孤島と化し、このような事態がしばしば起きたのだった。

急いで、ファブリッツィオ船長と航海士を含めた船の主だった一同が酒場に集まって話し合いをした。 
当然ながら、早期帰国の意見も出たがイメレティ王国の位置が最悪であった。

1724.jpg

この国は黒海の右端にあり海を隔ててた左端にイスタンブールが位置している。 当然ながらヴェネチアに帰国するためにはイスタンブールに向かって進む必要があり、アテネのあるエーゲ海に続く海路はイスタンブールの真横を流れている。
現在75隻以上のガレーの大艦隊がこちらに押し寄せているため、彼らの帰路は既に完全に断たれていた。

ファブリッツィオ船長と士官や航海士らとの協議は困難を極めた。
しかし決断の時が迫る中、彼らのガレー船トスカ号は積み荷もろともイメレティ王国に売却し、船員全員契約を打ち切りそれぞれには報酬が7割支払われることとなった。雇われ水夫は各自離散して戦場と化する前にこの国から去ることになる。
大型のヴェネチアのガレー船売却は自国防衛上、今のイメレティ政府にとっても大変ありがたい申し出ではあった。
ファブリッツィオ船長らは陸路でのヴェネチアへの帰国を模索したが、如何せん周りの国家はオスマン領かイスラム圏である。 逃げ道などはほとんど無いに等しい。

すぐに大半の水夫たちは報酬を受け取り急いでそれぞれがこの国を逃げるように後にした。
会議の後ファブリッツィオ船長がパオロに近づいてきた。

「パオロ君。自分の船を離れる決断はつらいものだが、今は時間の猶予が無い。私はこれから士官や航海士と一緒に水先案内人を探し、一旦陸路でカスピ海を目指し、そのあとカザフからロシアに抜けそこから北欧の商会事務所と連絡を取るつもりだ。君も我々と一緒にヴェネチアに戻らないか?」

パオロは少し考えて答えた。
「実は今さっき今回の進軍の報を聞き、急いで広場で荷造りをするペルシャからのベアズデベ旅団に出会ったんです。彼らは今から急いでペルシャに戻り、その後インドを目指すと言ってました。 そこの隊長は、もし来たいならついてくるがいいと言ってくれました。せっかくの機会なのでぜひインドを見てみたいんです」

船長はことのほか驚きもせずこう言った。
「そうか、君にとって広い世界を見るいいチャンスだな。ただし、イスラム圏では服装やしゃべる言葉に気を付けろよ。下手すると君の命取りになる」 

実は現在ペルシャはポルトガルの植民地政府と頻繁に衝突しており、ベアズデベ旅団にとってポルトガル語も話す西洋人のパオロの存在はインド周辺で香辛料を買う際、幅を利かしているポルトガル役人との交渉に有利に働くと考えたのだった。

パオロの方も商会の任務から完全に解かれた今、目の前に開いた異国の地に乗り込むチャンスを手放す気はなかった。
また彼は、流ちょうなトルコ語やいくらかペルシャ語も話すことができたため、彼らとの会話には全く困らなかった。 
彼はファブリッツィオ船長と、「お互い歴史に名を刻む活躍をして会おう」 と硬く約束をして分かれた。

そこでパオロはさっそく得た報酬でイスラム商人の服装と装備一式を買い込み、与えられたラクダに乗り彼らの旅団と共に混乱しているイメレティ王国を後にした。

(後半へ続く)

数日後、ベアズデベ旅団はペルシャ帝国を南下していた。
ちなみに旅団の名称べアスデベとはペルシャ語で白いラクダの意味がある。

ペルシャの大地は赤茶けた色をしており全体的に荒野が続いている。砂漠とは異なり所々に低木やいばらの茂みが生えているが水場はたいへん限られていた。そのためオアシスや川があるところには大抵街が作られていた。
庶民の建物は、古代エジプトで使われていたのと変わらない日干し煉瓦で作られており、その上にしっくいを塗っただけの簡素な作りであった。群がるように建てられた家々の中心にはモスクが建てられており、そこが行政の役割も担っていた。

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道路はほとんど舗装されておらず、通商路を知り尽くした経験豊かな旅団の隊長が率いていなければ、荒野の砂となって消えるだけであろうことは火を見るより明らかだった。地平線のかなたには蜃気楼がゆらゆらと見えている。 
日中は灼熱の太陽の下、からからに乾いた大地に強い南風が吹くと、それは巨大な砂嵐となり度々旅団に襲い掛かかった。その度に旅団全体は一か所に集まって砂嵐が過ぎ去るのを待った。仮に単独で動こうものなら、仲間からはぐれ視界が5メートルにも満たない嵐の中で孤立するだけである。そしてそれは同時に死を意味した。

また夜になると極端に冷えた。彼らの移動時期が初秋だったが、冬ともなれば零下15度なることなどざらである。
夜寝る時も、風が強い時はラクダを風よけにしてその近くに横になる事もあった。
後代になるが、19世紀~20世紀にかけてこのような砂漠で数多くの西洋の探検家が命を落とすことになる。

当然ペルシャやその周辺の道中はイスラム国圏になり西洋人にとっては危険だが、連れが全員イスラム圏の出身者であり、彼自身ターバンを巻くと道中の強烈な日差しによって日焼けした顔の為、すぐには西洋人と判別しにくくなっていた。

この旅団にはハサムという一人の少年がいた。
本名ハサム・アル・ハミッドと言って、ムガル帝国に隣接するペルシャ帝国西部のカンダハール州(現在のアフガニスタン)生まれの14歳で、幼いころから父親と共にこの旅団と共に行動を共にしているという。旅の道中で年齢の近い二人はすぐに仲良くなった。

旅団の一行はついにペルシャ最後の通過都市であるカンダハールに到着した。この都市を最後にバルチスタンとムガール帝国を横切りインドへと南下する。
ここは前述の通りハサムの生まれ故郷である。 この都市についた際にハサムはパオロを彼の家に招いてくれた。
この時代の一般的なイスラム教徒は、通常西洋人を家に招くことはしないが、ハサムの家は旅商人であったため西洋人を受け入れる事に対して抵抗が無かった。

彼の家は細長い長方形の形をしており、この地域で一般的な白い土壁で作られていた。 居住スペースが左側にあり右側には家畜を飼うためのスペースが続いていた。家畜と言っても、ここの激しい天候の変動に弱い家畜を入れるための畜舎で、ラクダやラバなどは通常家の前の庭で飼っている。庭には鶏が数十羽放し飼いされていた。
彼の家には両親と祖父、それに5人の兄弟姉妹がいた。 現在、彼の父親と祖父は綿花の栽培を行うため、旅団と共に行動をしていないが、ハサムと同じく幼い時から旅商人をしていたという。

ハサムの家の中に座ったパオロは、すすめられるままに床の赤いペルシャ絨毯の上に座った。
目の前には白いひげを豊かに蓄えたハサムの祖父と、大柄で体格のいい父親が座っていた。
すぐにハサムの姉がイチジクやブドウの入った果物の籠とナイフを持ってきて丁寧にパオロの前に置いた。

「これはどういうこと?」
とパウロは隣に座ったハサムに尋ねた。

「私たちの文化では、まず客人をもてなしてからではないと話はしないのさ」
と、ハサムの父親が静かに口を開いた。

「まず果物でも食べて、それからゆっくり話そうじゃないか」
後ろに張られた、ペルシャ模様が入った美しいカーテンの後ろからはハサムの弟や妹たちが、珍しそうにパオロを見つめていた。

「初めてのラクダの旅は大変だっただろう」
とハサムの父親がひげを生やし日に焼けた顔で微笑みながら言った。

「はい。でも、このような冒険は初めてなので、見ることすべてが新鮮で楽しいです」

「ほう、あの過酷なラクダの旅が楽しいか。君は筋がいいな」
ハサムの父親は微笑みながら言った。

「ところで君は、インドについた後はどこに行こうと思っているんだね?」

その問いに少し考えた後パオロはこう言った。
「ジパングに一回行ってみたいんです」

その答えにハサムと父親が少し驚いた顔をした。
それでパオロはそのように思った経緯を話した。例のジパングのドレスの話である。

しばらくして、ずっと聞いていたハサムの祖父が静かに言った。
「わしが昔、交易のためモンゴルに行ったとき、明の旅商人からジパングの話を聞いたことがあるぞ。あそこの兵士は寝る時も大きな刀を手に持って寝るそうじゃ。 国王の住む城は四角い塔の形をしていて、その城の周りに大きな町があると言っておった。 だがその明の商人もジパングに行ったことはないとな。 その国に外国人が入るのは簡単ではないからな。 何しろ見つかったらニ度と生きては帰れないそうじゃ」

パオロとハサムはその話を興味深そうに聞いていた。
外界からは遮断された国ジパング。この話はパオロの冒険心をさらにかき立てた。 それはまるで蜃気楼が少しずつはっきり見えてくるようだった。
どうやって行けばいいかは見当も付かないが、ジパングをぜひ見てみたい。その夜はハサムの父親と祖父との会話を思いめぐらしながらパオロは寝床についた。

日本は当時鎖国していたため外国人にとっては閉ざされた国であった。 もちろん交易を高麗や明と行っていたものの、基本的に貿易商人は港以外の場所に立ち入ることを禁止されていた。

パオロの旅団とのインドへの旅は終わりを迎えようとしていた。
彼らはついにグジャラート(現在のインド)に入った。
この国は、古来から西アジアとの重要な交易地で、インダス文明の港湾都市とされるロータルやドーラヴィーラなどが栄えた場所として有名である。パオロが訪れた時はまだ独立した国家としての形を保っていたが1573年にアクバル大帝によってムガル帝国に併合されることになる。

グジャラートの街は大変活気があり、あちらこちらに大小異なるバザールがあった。露店のように天幕を張ってその下に交易品を並べ売っている店もあれば、ロープを張りたくさんのインド織物をかけて売っている店もある。
果物や目にする産物もヴェネチアで見ていたものとは全く違う。絵具のように色鮮やかでつんとした香りの漂う香辛料。緑の房がびっしりと生えた巨大な果物などである。 後でこの巨大な果物は小さくちぎって一本のバナナとして調理できるのだと知った。

しかし、パオロが目にしてまず腰を抜かしたのは道を闊歩するゾウである。ゾウ使いの巧みなゾウさばきで、インドの交易商人達は巨大な丸太や大きな籠に入った交易品をバザールのあちらこちらに移動させていたのである。
彼らにとっては家畜であったが、パオロは馬以上に大きな動物を見たことが無い。

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歴史の中でもこれよりずっと昔、紀元前331年のガウガメラの戦いで、アレクサンドロス大王が率いるマケドニア・ギリシャ連合軍がペルシア帝国のダレイオス3世と戦った時に戦象と対峙した記録が残されている。
この時も無敵の強さを誇るマケドニア軍の兵士たちでさえ敵の兵士が乗る巨大なゾウの大群に驚きまどったという。 このことをきっかけに紀元前の古代ローマ軍でもゾウを実際に戦闘に用いていたのだが、砲撃の音に弱いゾウはパオロの時代には戦場で使われなくなり、ヨーロッパでゾウを見る機会はほとんど無くなっていた。

パオロの旅団も様々なバザーで西洋の交易品を地元の商人に売り、地元の名産物特に大量の香辛料を購入した。
さらにポルトガル植民地があるガーナーの近くでの事だった。 ある日いつものようにハサムと一緒に買い付けのためにバザールを歩いていると数人のポルトガル人が前を歩いているのに気付いた。
パオロは久々に目にする西洋人を、好奇の目で見る自分に気付いて笑った。

彼らにポルトガル語で話しかけると、上から下までどう見てもアラブ商人の姿をしたパオロが、なまりのない流ちょうなポルトガル語を話すのを見て彼らの方が驚いた様子だった。 そして、ここまでパオロがラクダで来たことを聞くとさらに驚いていた。 西洋人が陸路でイスラム圏を通過することは大変危険だからだ。

彼らはパオロを彼らの迎賓館に招待してくれた。久しぶりに見る洋館でクレーは彼らとワインを飲みながら談笑した。
そしてパオロはここで、あの事件のてん末を知ることになる。

パオロがファブリッツィオ船長たちと別れた後、イメレティ王国が近隣の船舶を総動員してオスマンのガレー船団と死闘の末に本土を死守したこと。 さらにイメレティ海軍の船団に一隻の大きなヴェネチアのガレー船があり、船長以下数人のヴェネチア軍人が指揮官として乗っており、彼らはオスマン帝国軍との死闘の末、オスマンの提督船を撃沈。 しかし、彼らも力尽きオスマン艦隊と共に黒海の底に沈んでいったことを教えてくれた。
イメレティ王国では船長と士官たちに、イメレティ王国を守ったヴェネチアの英雄として彼らに爵位を与えると国王が宣言したという。

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それは間違いなくそれはビスコンティ商会のファブリッツィオ船長と乗っていた士官たちのことだった。
彼らは何らかの事態により、イメレティ防衛のために最後まで残り、最終的には自分たちの船と運命を共にすることを決断したに違いない。

パオロもまた、もしあの時彼らと共にヴェネチアに帰ることを選択していたならば、ここにはもう存在してはいないのだ。
パオロはファブリッツィオ船長の言葉を思い出した。

「人生には何度か、些細に見える決定が人生を大きく変えることがある。だから些細なことにこそ真剣に向き合うべきなんだ」 

ファブリッツィオ船長はきっと最後の決断を真剣に下しただろう。 しかし、最後の決断は決して些細なことではなかったが。
パオロはファブリッツィオ船長の屈託ない笑顔を思い浮かべながら目頭を熱くした。

彼はたしかに偉大な船長として歴史に名を刻んだ。 ただ彼の願いは本当にそこで終わるべきだったのか。 もっと広い世界を見たいという彼の夢はかなったと言えるのだろうか。

この時、今まで彼の心の中で蜃気楼のようにぼんやりとしていた物がはっきりと見えた。
そう、どんな困難があったとしても、あの蜃気楼のような地をこの足で踏みしめうようと。
そして、些細なことでも自分が決して後悔する事のない決断を常に下していこうと。

数日後パオロは、スペイン領ビサヤ島(現在のフィリピン)に向けて出帆する船の甲板の上に立っていた。 港ではハサムが泣きじゃくりながら一生懸命手を振っている。 
パオロもその姿を見て涙した。
しかし、彼の心はもう迷ってはいなかった。

自分が下した決定がどのようなものになるかはわからない。
しかし、ファブリッツィオ船長が観ることのできなかった世界を自分は必ず見るんだと。

東南アジアに向かうキャラックが帆を張った。
この時パオロの羅針盤はまっすぐある方向を示していた。
ジパングである。

【続く】  
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プロフィール

クレー・パオロ

Author:クレー・パオロ
所属国:ヴェネチア出身フランス人
商会:フライング・サーカス
本拠地:ロンドン
店舗:A鯖リスボン、銀行前

A鯖リスボンを中心に活動する創業まもない呉服店です。ヴェネチア発、着物文化を世界に広げましょうw

大海原を駆け抜けつつ、新旧問わずお気に入りの呉服(だけではなく洋服も…というか洋服が多いかも)を独断と偏見に基づき勝手にコーディネートして回りたいと思います。DOLの魅了は洋上だけにあらず!ということで貴方のお気に入りの一着はどれですか?

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