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2017-07

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【小説】東方奮戦禄:ヴェネチアからの旅立ち - 2017.01.16 Mon

【前書き】
この度、趣味で書き始めた小説を初めて掲載いたします。
キャラクターとしてのクレーの誕生をリアルっぽく書き表してみました。 時代考証などは全般的にリサーチを入れてはいますが多少ぼろがあってもご容赦くださいw 小説内のデータは一応リアルの情報ですが一部ストーリーに合わせております。
ご感想等がありましたら是非聞かせてください。

1章:ヴェネチアからの旅立ち

大航海時代、「東洋にある黄金の国」と多くの西洋人が噂をしていた国があった。その名はジパング。現在の日本のことである。

この国のことは一人のヴェネチア人、マルコ・ポーロが書き記した東方見聞録の中に記録されている。
彼は直接この国の土を踏むことはなかったが、当時日本との交易拠点は杭州にあったため、モンゴルのフビライ・ハンに仕官していたマルコポーロにとっては日本の情報を得ることはさほど難しいことではなかった。シルクロードを行き来する商人たちからその国も文化などを聞く機会が多かったからだ。

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ただ、この本が正確かと言うと、1274年に中国が日本に侵攻した「元寇の戦い」などについても言及されてはいるが、一部には架空の話が含まれている。そのため東方見聞録の日本に関する記録は「中国から見た日本」という視点であり、さらに一部はおとぎ話のような内容になっているのである。

この本は1400年代に出版されたのだが、この本をあのコロンブスも1冊持ち歩いていたらしく366ヵ所も書き込みをして愛読したという。これは西洋人にとって東アジアがいかに魅力的だったかがわかる逸話である。多くの者にとってみれば、「黄金の国」という表現がインカ帝国と同じような富をもたらす国としてのイメージを持たせたのかもしれないが。
少なくともこの本は何世紀にもわたって西洋人の好奇心をくすぐるには十分だったと言えるだろう。

時は進んで16世紀、当時ヴェネチア共和国では諜報、防諜、国内監視などをおこなう十人委員会、いわゆる現在で言う諜報機関による厳しい統制の下にあった。
そのため貴族から選出された、いわゆる君主の役割をする「ドージェ」と、この十人委員会による支配のもとに民衆は日々の生活の中でも自由な行動を制限されることとなる。

しかし1556年に画期的ともいえるプロビディトリ・アイ・ベニ・インカルティが設立された。
これは16世紀の穀物の価格沸騰を受けて設立された、農業技術や農業技術開発への個人投資を推し進める組織であった。
簡単に言えば、長年行われてきた芸術家に対してのパトロン制度を、農業関連のビジネスにも採用したと言えるだろう。

ヴェネチアはこの時期はすでに衰退期に入っていたものの、この制度によって農業関連の仕事に従事するヴェネチア商人の中には、そのようないわゆる「パトロン」の支援を得て、本業の農業だけではなく貿易にまで事業を拡大する者も現れたのだった。

ヴェネチアのビスコンティ商会にはとりわけ多くの冒険心あふれるヴェネチア商人たちが在籍していた。
その理由はその商会の名前にも関連があった。
この商会名の由来は中世末期までルネサンス期の北イタリアを支配した名家ビスコンティ家である。 この家は中世末期の1277年から1447年まで、ミラノを支配した。 その後、スフォルツァ家がビスコンティ家に代わってミラノを支配することになる。 この家は代々芸術家の庇護 (ひご) 者で、特に当主ルドビコの時代はレオナルド・ダ・ビンチを援助したことで知られる。

このヴェネチアのビスコンティ商会は、ビスコンティ一族の末裔とスフォルツァ一族の遠戚によって設立されていた。
現在で言うヴェネチアを代表する財閥の一つだったのである。その為、ほかの商社に増して芸術や美しい工芸品に対しての投資が盛んにおこなわれており、世界の珍しい芸術品を買い求め、それをヨーロッパの貴族に販売するといういわゆる美術商としての側面の強い商会だったわけだ。
ヨーロッパの支配者や貴族たちは、珍しい物にはお金を惜しまなかった。そのような物を所有することは、彼らにとってステータスであったからだ。 それで質全的にヴィスコンティ商会はさらに遠くの地へと帆を張る必要が生じ、結果的に世界の海に漕ぎ出すようになったのである。

この商会は17世紀にもなると更なる販路強化のためイギリス東インド社の前身組織、ロンドン東インド会社との事業提携によって国枠を超えた国際貿易会社として成長してゆくが、それにはまだ十数年過ぎる必要がある。

話はヴェネチアに戻るが、そのヴィスコンティ商会で会計の小間使いをしていた一人の若い男がいた。
彼の名はパオロ・クレー。 若年ながら身の丈180センチほどの長身で色は白く金髪で、体の線が細いため遠目では実際よりも小柄に見えた。
先祖はワルドスタット出身のドイツ系スイス人で、ヴェネチア生まれ。祖父の代からヴィスコンティ商会で商人として働き始め、両親も商会の重鎮であったため、十代の彼は早くもその商才を買われ、ヴィスコンティ商会では会計の助手を行っていたのだった。 まだ若い彼は引き続き家庭教師から歴史、トルコ語、ヨーロッパ諸語などの教育をうけてはいたが。
余談だが数世紀後には彼と同名の画家が1876年にスイス、ベルンの近郊に生まれることになる。

パオロは幼い時から絵の才覚があったため、自分でも絵画を描く一方、世界から送られてくる美術品に強い興味を持つようになった。
彼の毎日の日課というと、朝から昼まで家庭教師による授業があり、昼からは会計の小間使いの仕事が与えられた。
夕方早くには仕事から解放されたのだが、彼はすぐに美術品を治めた商会の倉庫に足を運ぶのを常とした。

その倉庫には当時の中央、南ヨーロッパの美術品はもちろんアフリカ、インド、マラッカに植民していたポルトガルを経由して入ってくる象牙細工、香木、絹織物、東南アジアの織物、さらには当時まだスペイン・ハプスブルク家が支配していた現在のネーデルランドから北欧の美術品、また南米大陸の植民地からはインカ帝国の金細工まで倉庫に運び入れられていた。
毎日数えきれないほどのドゥカート金貨での取引がその商会で行われていたのである。ちなみに当時はヴェネチアのドゥカート金貨やフィレンツェのフローリン金貨が国際通貨として交易の支払いに用いられていた。

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ところでヴィスコンティ商会の倉庫はヴェネチアの港から程近くにあり大変活気のある目抜き通りに面していた。
その通りは古代ローマの皇帝コンスタンティヌスの時代に作られた、当時のままの姿を残した石畳になっており、多くの馬車や荷車が通るために車輪の部分が溝のようにへこんでいた。
近くの港には、商船と共におびただしい数のヴェネツィアンガレーが多数係留されており、高台に上ると迫りくるオスマン帝国の脅威に立ち向かおうとしている、ヴェネチア海軍の全貌が見て取れた。 
実際この数年後にはオスマン帝国とスペイン、ヴェネツィアなどの連合軍の双方のガレー船団によって戦われた歴史的なレパントの海戦が起きるのである。

その為倉庫の周りにはいつも、ガレーの乗り手のための安食堂が立ち並んでいた。
食堂と言っても、大勢の人が往来する街路のわきに簡易テントを天幕として張った粗末な出店のような形をしており、そこで雑穀を煮た粥のようなものや目の粗いパン、ベーコン、水で薄めた葡萄酒などが安価で供された。

この時代、ヨーロッパのガレー乗りは大体は奴隷か罪人が鎖につながれて働かされていたが、意外なことにこのヴェネチアでは自由民がつくことのできた花形の職業であった。理由は自分に割り当てられた積載スペースを利用しての交易活動が認められていたため、船を使った交易ができない一般庶民が個人貿易をする手段と考えられていたからである。
しかし度重なる大戦の為ヴェネチアでも徐々に慢性的な人不足に陥り、ガレー船には他の国と同様奴隷が用いられるようになってゆくのだった。

パオロはその日も、夏の通りのほこりっぽい熱気の中を日雇い労働者やガレー乗りの船員などの人ごみをかき分けて倉庫の入り口にたどり着いた。
そこには、木製の二枚扉があり、ヴィスコンティ商会という彫刻がその扉の上部に施されていた。いつも通りその扉を開け中に入ると広い空間が開け青天井の広間がある。その奥の方に見える木製のカウンターの形をした机に倉庫番のジョバンニが座っていた。50代後半にはなろうかという彼も、若い頃はガレー船の船員をしてひと財産をこしらえた口だった。背はパオロより一回り低かったが、日に焼けた顔とがっちりとした体格が彼の方を大きく見せていた。

「お前さん、ようやく来たな。今日は面白いものが入ってきたから見せてやるよ」

彼が大きな体をゆっくり起こしながらながらパオロに話しかけてきた。
そのいたずらっ子のように歯を見せた笑い顔からは彼自身、その新しい物をすこぶる気に入ってることが見て取れた。

「今日は珍しくご機嫌ですね。いつもは倉庫番するぐらいなら、ガレー船を漕いでた方がましだって文句言ってるのに」

「まあ、つべこべ言うなよ。今日、入ったやつはあのマルコポーロでさえ見たことが無いだろうよ」

そういってジョバンニは幾つもの鍵とかんぬきを開け、金属の板をくぎで打ち込んで強化した重い倉庫の扉を開けた。

倉庫の中は外よりひんやりとしており、石の大きな柱が幾つも見える。その間に数えきれないほどの木製の棚や大箱が所狭しと並んでいる。 石積みの壁の上部にだけ明り取りの小窓が幾つも並んでいた。

幾つかの柱の前には数人の兵士が見張りのために立っていた。黒いつば広の白い羽を付けた帽子に胸に鉄の胸板のついた黒い制服を着ている。腰にはサーベルを着け何人かはマスケット銃を肩にかけていた。
この倉庫の裏には兵士数十人を駐屯させることができる兵舎があり、この商会の倉庫に眠る莫大な価値のある交易品を守っている。

ジョバンニは見張りの兵士達に軽く会釈をすると、いくつかの棚を通り過ぎた。大きな象牙や白い虎の毛皮、ビザンチン帝国の色鮮やかな絨毯などが所狭しと並んでいる。
そして一つの船舶用の大きな収納箱の上に乗った長方形の平たい木箱の前で彼は立ち止った。
飾りっ気のない白い木箱だった。その箱には白い紙が貼ってあり何やら黒い模様が施されていた。
この時のパオロにはそれが文字であることが理解できるはずもなかった。

そしてジョバンニがその木箱のふたを開けると薄くて白い紙が見えた。

「これがその美術品ですか?」

「この中に包まれているものがそうさ」

そして彼は得意げにその紙を静かに開いた。すると紙の下から今まで見たことのない鮮やかな布が現れた。
ジョバンニが箱をそっと持ち上げ、窓からの光に中の布を傾けた。

これは一見、金色の布に見えるが角度によって模様が浮かび上がる。下に行くほど白い模様がちりばめられていた。
それはまるで白い花びらが布の上を舞っているような錯覚さえも起こさせるほどの輝きである。

「こ、これは・・・」

パオロは言葉を失った。

「これがジパングのドレスらしい。今日ポルトガルの商人がガレオンに胡椒を積んで入港したんだよ。で、そこの一等航海士が、インドの交易所で会った明(みん)の船員から買い取ったこのドレスを持ってきたのさ。 支払いの後に奴さん得意げに話してたが、中国人に払った代価はマスケット20丁だったらしい。でもって、ここに持ってきたときにゃ、この一着のドレスの値段が小さな船なら数隻買えるほどになっちまったって訳さ」

そう言って高笑いをした。

ただ、パオロの耳にはその値段の話など聞こえていなかった。

「美しい…」

純粋にただこう思ったのだ。
彼もヨーロッパの貴族とは接したことはある。貴婦人たちの着るドレスもそれは華やかであった。
サテンやベルベットをあしらい複雑なレースや多くの金、銀、宝石で装飾されていた。

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しかし、このたった一枚の布はまるで違う。
布の中にジパングの美しい景色を動いているまま織り込んでいるかのようであった。

過剰な装飾に見慣れた彼は、この生きているような一枚の布に言葉を失った。
そして自然と一つのことが頭から離れなくなった。
一枚のドレスですらこの存在感を放つならば、ジパングという国はいったいどんな国なのかと・・・

この時代、ヨーロッパ交易は大変栄えていた。 新大陸やインド周辺諸国からも珍しいものが数多く持ち込まれるようになっていたからだ。 例えばプラントハンターにより、数多くのバラなども持ち込まれていた。 この頃になってフィレンツェのメディチ家の庭にはバラ園が作られ、数々のバラが栽培されてその風潮がヨーロッパのトレンドとなってゆく。

しかし、陸路で持ち込まれる中国の名産品をたまに見る機会はあっても、ジパングからの品物を見る機会はほとんどなかった。
それに、東方見聞録を著したマルコポーロの母国であるヴェネチアではジパングに対する見方も他の国よりも特別だったこともあるだろう。

ジョバンニもパオロも、初めて目にするジパングからのドレス、正しくは着物だが、に目を奪われたのだった。
この時パオロは若干16歳だったが、この時の衝撃が彼の人生をこの水の都ヴェネチアから日本へと駆り立ててゆくのである。

そして、この直後物事は思ってもみなかった方向へと動き始める。
ある日、出帆予定の交易用ガレー船から、会計士が突如失踪したのだった。
この船はオスマン帝国に囲まれた立地にありながらもキリスト教を奉じるイメレティ王国(現在のジョージア )に向けた船であったが、案の定金箱から130ドゥカート金貨が袋ごと消えていた。

折しも、この時商会は繁忙期であった。ちょうどシルクロードの旅を終え到着したオスマンの商人のラクダの大規模隊商が二隊到着したばかりで、それに加えポルトガルからのガレオン船が三隻、南米からの貨物を積んだイスパニアのキャラックが一隻と、猫の手も借りたい状態だったのである。

それでパオロに白羽の矢が立ち、イメレティ王国へも数日の航海にすぎない為、会計士として乗り込むよう依頼されたのだった。
彼はトルコ語が流ちょうに話せたため、今回のこの仕事にはうってつけだった。
パオロもこの申し出に喜び勇んで馳せ参じた。 彼にとって初めての大仕事であり、他の文化圏に足を踏み入れるチャンスだったからだ。

彼はその日の朝早くに飛び起き、両親に軽く出発の挨拶を終えるといつもの見慣れたヴェネチアの港に向かった。
その日は晴れ上がっていて、アドリアの太陽がぎらぎらと海を照り付けていた。

係留されていたガレー船は香辛料取引用に使われている大型の商用ガレー船でトスカ号と言った。
全長約54mほどで二本マストにラティンセイルを備えており、オスマン海賊対策に適度な武装がされていた。 アドリアの逆風にはガレー船の方が使い勝手が良かったのだ。

荷運びも終了し、船員が全て乗り込み係留が解かれた。
漕ぎ手がリズムをとるハンマーの音に合わせてオールを漕ぎ始める。徐々に船体が岸壁から離れていった。
船が動き出したのを合図に、パオロは同乗した上級仕官や副船長と共に甲板に出た。

アドリア海の青い海はとても澄み切っており、追い風をいっぱいに受け止めた帆がきしむ音は、否応にもこれからの旅に期待を持たせた。
ぐらりともう一度船体が大きく揺れ、進路を定めるとイメレティ王国へと進んで行く。

「さらばヴェネチア!」

パオロは徐々に小さくなってゆくヴェネチアの港に向かって心の中でそう叫んだ。
実に彼がヴェネチアを見るのはこれが最後になるという事は、彼本人でも知る由は無かった。

【続く】
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クレー・パオロ

Author:クレー・パオロ
所属国:ヴェネチア
商会:英・東インド会社
本拠地:ロンドン
店舗:A鯖リスボン、銀行前

A鯖リスボンを中心に活動する創業まもない呉服店です。ヴェネチア発、着物文化を世界に広げましょうw

大海原を駆け抜けつつ、新旧問わずお気に入りの呉服(だけではなく洋服も…というか洋服が多いかも)を独断と偏見に基づき勝手にコーディネートして回りたいと思います。DOLの魅了は洋上だけにあらず!ということで貴方のお気に入りの一着はどれですか?

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