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2017-11

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【小説】東方奮戦禄:蜃気楼のかなたに - 2017.01.25 Wed

今回もクレーシリーズの小説第二部をお送りいたします。
もし第一章をお読みになってない方がおられれば、是非そちらからお読みください。第一章はこちらから。

第二章:蜃気楼のかなたに

航海をはじめて数日がたった。
既にオスマン帝国領に囲まれた、ジェノバ公国の飛び地の都市スシオもオスマン帝国が支配するイスタンブールも通り過ぎ、黒海に入って久しい。航海士が言うことが正しければ今日、目的地のイメレティ王国に到着するはずである。

トスカ号の船長の名はファブリッツィオと言い、すらりとした長身で、栗毛色の髪の毛をした30代初めの好青年だった。
彼が着ている、黒いサテン製の金色の刺繍が入った品の良いコートと、つばを跳ね上げて少し斜めにかぶったフェルト帽が船長としての彼の自信を示していた。
彼は10代のころからガレー船の船員として働き、最近になってトスカ号の船長になったという。

甲板に出てみると海からたまに見える陸の景色はすでに一変していた。 建物は全てイスラム建築にとって代わり、すれ違う船もオスマントルコの船と一見してわかる形になっている。 
さらにこの頃になると同行している士官や兵卒たちの表情が硬くなっていることが明らかに見て取れる。

現在オスマントルコとヴェネチアは和平協定を結んでいるため、正式な海軍から襲われる恐れはないものの、当然オスマン海賊はそんな協定など全く関係ない。 近場交易であるのに今回のガレー船がラ・レアル級の大型船になったのはそれなりの理由があった。現在通過しているところはオスマン帝国の懐深く、言い換えれば敵地のど真ん中なのだ。

ファブリッツィオ船長が落ち着いた声でパオロにこう言った。
「人生には何度か、些細に見える決定が人生を大きく変えることがある。だから些細なことにこそ真剣に向き合うべきなんだ」 

実にパオロにとって、今この船に乗ってることが既にその決定を下した結果だとは、本人ですらまだ気付いてはいなかった。 船長は続けた。
「あそこに漁船がいるだろう?あの、ただの漁船でさえ今の我々が警戒を怠ったらいけない相手なんだよ」

パオロが海に目をやると数隻のオスマン漁船が漁をしていた。 漁師たちがヴェネチアからのガレー船に好奇の目を向ける。
彼らはお互い何かトルコ語でしゃべっているようだが波の音で何を言っているかはわからなかった。

その日の昼過ぎになって前方にイメレティ王国が見えてきた。
ここまで来れば海賊の襲撃の心配はなく、ファブリッツィオ船長以下すべての船員が安堵の表情を浮かべた。

このイメレティ王国は周りは完全にオスマン帝国に囲まれているにもかかわらず隣国のサーカジアとジョージア共にキリスト教を奉じている国家だった。もっともロシア正教の影響が強いためローマカトリックのヴェネチアと同じとはいえないが。
また、パオロが寄港したこの時は国王はアレキサンダー3世が統治していた。
港に到着しガレー船を係留する。周りの船舶もオスマントルコやロシア風のものが大勢を占め、南と中央ヨーロッパの船は目視できる限りでは数えるほどしかいなかった。

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イメレティ王国の港はヴェネチアと比べたらはるかに小規模で、明らかに見かける交易品の種類も変わっていた。
ヴェネチアはいわゆる国際港のような港だが、ここはオスマントルコの名産やシルクロードからもたらされるインド方面の交易品などが大勢を占めていた。流石に高かったがスパイスや香辛料などもこの港でも購入することができるようだった。
トスカ号の乗組員は、ヴェネチアから運んできたオリーブ油や葡萄酒、様々な生地を船から下して仲買人に売りさばいて行く。
パオロは会計のために、お付きの補佐役と共に貨物から貨物を歩いて回り、売値と買い手の記録をつけていった。

到着が昼を既に過ぎていたため、日暮れまでにすべての荷物を下ろしきれなかった。それで翌日の荷下ろしのためにその日は早めに切り上げて、久々に陸で宿をとる。

夕食の為、パオロが酒場でほかの船員達とロシアの堅いパンと近海の魚、そしてボルシチを食べようとしていた時、向かいの席にファブリッツィオ船長が座った。 彼は今回がパオロにとって初航海であることを知っていて、いろいろと世話を焼いてくれている。

「このロシアのパンとやらは余りに硬くて歯が折れてしまうな」 そういって愉快そうに笑った。

「君は初航海とは思えないほど仕事をきちっとこなしてるな。将来きっと大物になるぞ」

「皆さんが助けてくださって、万事うまくいってます」 
若いが判断力が的確な船長を尊敬していたので、この誉め言葉は純粋にうれしかった。

「そうか。船上では仲間は家族だ。一人の力では船は1フット(約30㎝)も動かせないからな」 そう言いつつ船長はウォッカを一杯あおった。

「自分もいつかは名をのこすような船長になってみせるさ。そして更に広い世界を見るんだ」
そう言って、船長は子供のように目を輝かせた。

「きっと叶いますよ!いつか一緒に、新しい世界を開拓できたらいいですね。」
パオロはそう言いつつ、あのジパングのことを一瞬思いだした。

その夜は船長と時を忘れて夢を語り合った。 ただ、ジパングのことはまだ彼の中では遠くで揺れる蜃気楼のようだった。

宿に帰ったのはその日の遅くになってだった。
宿は酒場の二階にあり夜も外から聞こえる喧騒を聞きながら、彼はふと窓の外を見た。 月明かりの下、波がきらきらと光る海にロシアとオスマン建築の混在する街のシルエットが浮かび上がっている。 
ヴェネチアと全く異なる景色に、異国の地を踏みしめている実感がひしひしと湧いて出くるのを感じていた。

翌朝パオロが目を覚まして一階に降りると、昨日の賑やかさと打って変わって酒場の中が騒然としていた。
どうしたのかと酒場の主人に尋ねると、なんとオスマントルコがイメレティ王国とその隣国に宣戦布告し総勢75隻以上のガレー船団がイスタンブールからこちらの方に進軍してきているということだった。
ヴェネチアと和平協定があったとしても、パオロが現在いるのは当然ながらイメレティ王国である。 何日もしないうちに今いるところは戦火に巻かれることだろう。

今考えれば途中見かけたのオスマンの漁師たちはガレーが向かっている方向で何が起きるか既に知っていたに違いない。 当然ヴェネチアではこの報を既に聞きこの船と船員の運命に戦々恐々としていることだろう。 この時代は当然無線機器も電話もないため、航海をしている船は文字通り海の孤島と化し、このような事態がしばしば起きたのだった。

急いで、ファブリッツィオ船長と航海士を含めた船の主だった一同が酒場に集まって話し合いをした。 
当然ながら、早期帰国の意見も出たがイメレティ王国の位置が最悪であった。

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この国は黒海の右端にあり海を隔ててた左端にイスタンブールが位置している。 当然ながらヴェネチアに帰国するためにはイスタンブールに向かって進む必要があり、アテネのあるエーゲ海に続く海路はイスタンブールの真横を流れている。
現在75隻以上のガレーの大艦隊がこちらに押し寄せているため、彼らの帰路は既に完全に断たれていた。

ファブリッツィオ船長と士官や航海士らとの協議は困難を極めた。
しかし決断の時が迫る中、彼らのガレー船トスカ号は積み荷もろともイメレティ王国に売却し、船員全員契約を打ち切りそれぞれには報酬が7割支払われることとなった。雇われ水夫は各自離散して戦場と化する前にこの国から去ることになる。
大型のヴェネチアのガレー船売却は自国防衛上、今のイメレティ政府にとっても大変ありがたい申し出ではあった。
ファブリッツィオ船長らは陸路でのヴェネチアへの帰国を模索したが、如何せん周りの国家はオスマン領かイスラム圏である。 逃げ道などはほとんど無いに等しい。

すぐに大半の水夫たちは報酬を受け取り急いでそれぞれがこの国を逃げるように後にした。
会議の後ファブリッツィオ船長がパオロに近づいてきた。

「パオロ君。自分の船を離れる決断はつらいものだが、今は時間の猶予が無い。私はこれから士官や航海士と一緒に水先案内人を探し、一旦陸路でカスピ海を目指し、そのあとカザフからロシアに抜けそこから北欧の商会事務所と連絡を取るつもりだ。君も我々と一緒にヴェネチアに戻らないか?」

パオロは少し考えて答えた。
「実は今さっき今回の進軍の報を聞き、急いで広場で荷造りをするペルシャからのベアズデベ旅団に出会ったんです。彼らは今から急いでペルシャに戻り、その後インドを目指すと言ってました。 そこの隊長は、もし来たいならついてくるがいいと言ってくれました。せっかくの機会なのでぜひインドを見てみたいんです」

船長はことのほか驚きもせずこう言った。
「そうか、君にとって広い世界を見るいいチャンスだな。ただし、イスラム圏では服装やしゃべる言葉に気を付けろよ。下手すると君の命取りになる」 

実は現在ペルシャはポルトガルの植民地政府と頻繁に衝突しており、ベアズデベ旅団にとってポルトガル語も話す西洋人のパオロの存在はインド周辺で香辛料を買う際、幅を利かしているポルトガル役人との交渉に有利に働くと考えたのだった。

パオロの方も商会の任務から完全に解かれた今、目の前に開いた異国の地に乗り込むチャンスを手放す気はなかった。
また彼は、流ちょうなトルコ語やいくらかペルシャ語も話すことができたため、彼らとの会話には全く困らなかった。 
彼はファブリッツィオ船長と、「お互い歴史に名を刻む活躍をして会おう」 と硬く約束をして分かれた。

そこでパオロはさっそく得た報酬でイスラム商人の服装と装備一式を買い込み、与えられたラクダに乗り彼らの旅団と共に混乱しているイメレティ王国を後にした。

(後半へ続く)

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【小説】東方奮戦禄:ヴェネチアからの旅立ち - 2017.01.16 Mon

【前書き】
この度、趣味で書き始めた小説を初めて掲載いたします。
キャラクターとしてのクレーの誕生をリアルっぽく書き表してみました。 時代考証などは全般的にリサーチを入れてはいますが多少ぼろがあってもご容赦くださいw 小説内のデータは一応リアルの情報ですが一部ストーリーに合わせております。
ご感想等がありましたら是非聞かせてください。

1章:ヴェネチアからの旅立ち

大航海時代、「東洋にある黄金の国」と多くの西洋人が噂をしていた国があった。その名はジパング。現在の日本のことである。

この国のことは一人のヴェネチア人、マルコ・ポーロが書き記した東方見聞録の中に記録されている。
彼は直接この国の土を踏むことはなかったが、当時日本との交易拠点は杭州にあったため、モンゴルのフビライ・ハンに仕官していたマルコポーロにとっては日本の情報を得ることはさほど難しいことではなかった。シルクロードを行き来する商人たちからその国も文化などを聞く機会が多かったからだ。

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ただ、この本が正確かと言うと、1274年に中国が日本に侵攻した「元寇の戦い」などについても言及されてはいるが、一部には架空の話が含まれている。そのため東方見聞録の日本に関する記録は「中国から見た日本」という視点であり、さらに一部はおとぎ話のような内容になっているのである。

この本は1400年代に出版されたのだが、この本をあのコロンブスも1冊持ち歩いていたらしく366ヵ所も書き込みをして愛読したという。これは西洋人にとって東アジアがいかに魅力的だったかがわかる逸話である。多くの者にとってみれば、「黄金の国」という表現がインカ帝国と同じような富をもたらす国としてのイメージを持たせたのかもしれないが。
少なくともこの本は何世紀にもわたって西洋人の好奇心をくすぐるには十分だったと言えるだろう。

時は進んで16世紀、当時ヴェネチア共和国では諜報、防諜、国内監視などをおこなう十人委員会、いわゆる現在で言う諜報機関による厳しい統制の下にあった。
そのため貴族から選出された、いわゆる君主の役割をする「ドージェ」と、この十人委員会による支配のもとに民衆は日々の生活の中でも自由な行動を制限されることとなる。

しかし1556年に画期的ともいえるプロビディトリ・アイ・ベニ・インカルティが設立された。
これは16世紀の穀物の価格沸騰を受けて設立された、農業技術や農業技術開発への個人投資を推し進める組織であった。
簡単に言えば、長年行われてきた芸術家に対してのパトロン制度を、農業関連のビジネスにも採用したと言えるだろう。

ヴェネチアはこの時期はすでに衰退期に入っていたものの、この制度によって農業関連の仕事に従事するヴェネチア商人の中には、そのようないわゆる「パトロン」の支援を得て、本業の農業だけではなく貿易にまで事業を拡大する者も現れたのだった。

ヴェネチアのビスコンティ商会にはとりわけ多くの冒険心あふれるヴェネチア商人たちが在籍していた。
その理由はその商会の名前にも関連があった。
この商会名の由来は中世末期までルネサンス期の北イタリアを支配した名家ビスコンティ家である。 この家は中世末期の1277年から1447年まで、ミラノを支配した。 その後、スフォルツァ家がビスコンティ家に代わってミラノを支配することになる。 この家は代々芸術家の庇護 (ひご) 者で、特に当主ルドビコの時代はレオナルド・ダ・ビンチを援助したことで知られる。

このヴェネチアのビスコンティ商会は、ビスコンティ一族の末裔とスフォルツァ一族の遠戚によって設立されていた。
現在で言うヴェネチアを代表する財閥の一つだったのである。その為、ほかの商社に増して芸術や美しい工芸品に対しての投資が盛んにおこなわれており、世界の珍しい芸術品を買い求め、それをヨーロッパの貴族に販売するといういわゆる美術商としての側面の強い商会だったわけだ。
ヨーロッパの支配者や貴族たちは、珍しい物にはお金を惜しまなかった。そのような物を所有することは、彼らにとってステータスであったからだ。 それで質全的にヴィスコンティ商会はさらに遠くの地へと帆を張る必要が生じ、結果的に世界の海に漕ぎ出すようになったのである。

この商会は17世紀にもなると更なる販路強化のためイギリス東インド社の前身組織、ロンドン東インド会社との事業提携によって国枠を超えた国際貿易会社として成長してゆくが、それにはまだ十数年過ぎる必要がある。

話はヴェネチアに戻るが、そのヴィスコンティ商会で会計の小間使いをしていた一人の若い男がいた。
彼の名はパオロ・クレー。 若年ながら身の丈180センチほどの長身で色は白く金髪で、体の線が細いため遠目では実際よりも小柄に見えた。
先祖はワルドスタット出身のドイツ系スイス人で、ヴェネチア生まれ。祖父の代からヴィスコンティ商会で商人として働き始め、両親も商会の重鎮であったため、十代の彼は早くもその商才を買われ、ヴィスコンティ商会では会計の助手を行っていたのだった。 まだ若い彼は引き続き家庭教師から歴史、トルコ語、ヨーロッパ諸語などの教育をうけてはいたが。
余談だが数世紀後には彼と同名の画家が1876年にスイス、ベルンの近郊に生まれることになる。

パオロは幼い時から絵の才覚があったため、自分でも絵画を描く一方、世界から送られてくる美術品に強い興味を持つようになった。
彼の毎日の日課というと、朝から昼まで家庭教師による授業があり、昼からは会計の小間使いの仕事が与えられた。
夕方早くには仕事から解放されたのだが、彼はすぐに美術品を治めた商会の倉庫に足を運ぶのを常とした。

その倉庫には当時の中央、南ヨーロッパの美術品はもちろんアフリカ、インド、マラッカに植民していたポルトガルを経由して入ってくる象牙細工、香木、絹織物、東南アジアの織物、さらには当時まだスペイン・ハプスブルク家が支配していた現在のネーデルランドから北欧の美術品、また南米大陸の植民地からはインカ帝国の金細工まで倉庫に運び入れられていた。
毎日数えきれないほどのドゥカート金貨での取引がその商会で行われていたのである。ちなみに当時はヴェネチアのドゥカート金貨やフィレンツェのフローリン金貨が国際通貨として交易の支払いに用いられていた。

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ところでヴィスコンティ商会の倉庫はヴェネチアの港から程近くにあり大変活気のある目抜き通りに面していた。
その通りは古代ローマの皇帝コンスタンティヌスの時代に作られた、当時のままの姿を残した石畳になっており、多くの馬車や荷車が通るために車輪の部分が溝のようにへこんでいた。
近くの港には、商船と共におびただしい数のヴェネツィアンガレーが多数係留されており、高台に上ると迫りくるオスマン帝国の脅威に立ち向かおうとしている、ヴェネチア海軍の全貌が見て取れた。 
実際この数年後にはオスマン帝国とスペイン、ヴェネツィアなどの連合軍の双方のガレー船団によって戦われた歴史的なレパントの海戦が起きるのである。

その為倉庫の周りにはいつも、ガレーの乗り手のための安食堂が立ち並んでいた。
食堂と言っても、大勢の人が往来する街路のわきに簡易テントを天幕として張った粗末な出店のような形をしており、そこで雑穀を煮た粥のようなものや目の粗いパン、ベーコン、水で薄めた葡萄酒などが安価で供された。

この時代、ヨーロッパのガレー乗りは大体は奴隷か罪人が鎖につながれて働かされていたが、意外なことにこのヴェネチアでは自由民がつくことのできた花形の職業であった。理由は自分に割り当てられた積載スペースを利用しての交易活動が認められていたため、船を使った交易ができない一般庶民が個人貿易をする手段と考えられていたからである。
しかし度重なる大戦の為ヴェネチアでも徐々に慢性的な人不足に陥り、ガレー船には他の国と同様奴隷が用いられるようになってゆくのだった。

パオロはその日も、夏の通りのほこりっぽい熱気の中を日雇い労働者やガレー乗りの船員などの人ごみをかき分けて倉庫の入り口にたどり着いた。
そこには、木製の二枚扉があり、ヴィスコンティ商会という彫刻がその扉の上部に施されていた。いつも通りその扉を開け中に入ると広い空間が開け青天井の広間がある。その奥の方に見える木製のカウンターの形をした机に倉庫番のジョバンニが座っていた。50代後半にはなろうかという彼も、若い頃はガレー船の船員をしてひと財産をこしらえた口だった。背はパオロより一回り低かったが、日に焼けた顔とがっちりとした体格が彼の方を大きく見せていた。

「お前さん、ようやく来たな。今日は面白いものが入ってきたから見せてやるよ」

彼が大きな体をゆっくり起こしながらながらパオロに話しかけてきた。
そのいたずらっ子のように歯を見せた笑い顔からは彼自身、その新しい物をすこぶる気に入ってることが見て取れた。

「今日は珍しくご機嫌ですね。いつもは倉庫番するぐらいなら、ガレー船を漕いでた方がましだって文句言ってるのに」

「まあ、つべこべ言うなよ。今日、入ったやつはあのマルコポーロでさえ見たことが無いだろうよ」

そういってジョバンニは幾つもの鍵とかんぬきを開け、金属の板をくぎで打ち込んで強化した重い倉庫の扉を開けた。

倉庫の中は外よりひんやりとしており、石の大きな柱が幾つも見える。その間に数えきれないほどの木製の棚や大箱が所狭しと並んでいる。 石積みの壁の上部にだけ明り取りの小窓が幾つも並んでいた。

幾つかの柱の前には数人の兵士が見張りのために立っていた。黒いつば広の白い羽を付けた帽子に胸に鉄の胸板のついた黒い制服を着ている。腰にはサーベルを着け何人かはマスケット銃を肩にかけていた。
この倉庫の裏には兵士数十人を駐屯させることができる兵舎があり、この商会の倉庫に眠る莫大な価値のある交易品を守っている。

ジョバンニは見張りの兵士達に軽く会釈をすると、いくつかの棚を通り過ぎた。大きな象牙や白い虎の毛皮、ビザンチン帝国の色鮮やかな絨毯などが所狭しと並んでいる。
そして一つの船舶用の大きな収納箱の上に乗った長方形の平たい木箱の前で彼は立ち止った。
飾りっ気のない白い木箱だった。その箱には白い紙が貼ってあり何やら黒い模様が施されていた。
この時のパオロにはそれが文字であることが理解できるはずもなかった。

そしてジョバンニがその木箱のふたを開けると薄くて白い紙が見えた。

「これがその美術品ですか?」

「この中に包まれているものがそうさ」

そして彼は得意げにその紙を静かに開いた。すると紙の下から今まで見たことのない鮮やかな布が現れた。
ジョバンニが箱をそっと持ち上げ、窓からの光に中の布を傾けた。

これは一見、金色の布に見えるが角度によって模様が浮かび上がる。下に行くほど白い模様がちりばめられていた。
それはまるで白い花びらが布の上を舞っているような錯覚さえも起こさせるほどの輝きである。

「こ、これは・・・」

パオロは言葉を失った。

「これがジパングのドレスらしい。今日ポルトガルの商人がガレオンに胡椒を積んで入港したんだよ。で、そこの一等航海士が、インドの交易所で会った明(みん)の船員から買い取ったこのドレスを持ってきたのさ。 支払いの後に奴さん得意げに話してたが、中国人に払った代価はマスケット20丁だったらしい。でもって、ここに持ってきたときにゃ、この一着のドレスの値段が小さな船なら数隻買えるほどになっちまったって訳さ」

そう言って高笑いをした。

ただ、パオロの耳にはその値段の話など聞こえていなかった。

「美しい…」

純粋にただこう思ったのだ。
彼もヨーロッパの貴族とは接したことはある。貴婦人たちの着るドレスもそれは華やかであった。
サテンやベルベットをあしらい複雑なレースや多くの金、銀、宝石で装飾されていた。

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しかし、このたった一枚の布はまるで違う。
布の中にジパングの美しい景色を動いているまま織り込んでいるかのようであった。

過剰な装飾に見慣れた彼は、この生きているような一枚の布に言葉を失った。
そして自然と一つのことが頭から離れなくなった。
一枚のドレスですらこの存在感を放つならば、ジパングという国はいったいどんな国なのかと・・・

この時代、ヨーロッパ交易は大変栄えていた。 新大陸やインド周辺諸国からも珍しいものが数多く持ち込まれるようになっていたからだ。 例えばプラントハンターにより、数多くのバラなども持ち込まれていた。 この頃になってフィレンツェのメディチ家の庭にはバラ園が作られ、数々のバラが栽培されてその風潮がヨーロッパのトレンドとなってゆく。

しかし、陸路で持ち込まれる中国の名産品をたまに見る機会はあっても、ジパングからの品物を見る機会はほとんどなかった。
それに、東方見聞録を著したマルコポーロの母国であるヴェネチアではジパングに対する見方も他の国よりも特別だったこともあるだろう。

ジョバンニもパオロも、初めて目にするジパングからのドレス、正しくは着物だが、に目を奪われたのだった。
この時パオロは若干16歳だったが、この時の衝撃が彼の人生をこの水の都ヴェネチアから日本へと駆り立ててゆくのである。

そして、この直後物事は思ってもみなかった方向へと動き始める。
ある日、出帆予定の交易用ガレー船から、会計士が突如失踪したのだった。
この船はオスマン帝国に囲まれた立地にありながらもキリスト教を奉じるイメレティ王国(現在のジョージア )に向けた船であったが、案の定金箱から130ドゥカート金貨が袋ごと消えていた。

折しも、この時商会は繁忙期であった。ちょうどシルクロードの旅を終え到着したオスマンの商人のラクダの大規模隊商が二隊到着したばかりで、それに加えポルトガルからのガレオン船が三隻、南米からの貨物を積んだイスパニアのキャラックが一隻と、猫の手も借りたい状態だったのである。

それでパオロに白羽の矢が立ち、イメレティ王国へも数日の航海にすぎない為、会計士として乗り込むよう依頼されたのだった。
彼はトルコ語が流ちょうに話せたため、今回のこの仕事にはうってつけだった。
パオロもこの申し出に喜び勇んで馳せ参じた。 彼にとって初めての大仕事であり、他の文化圏に足を踏み入れるチャンスだったからだ。

彼はその日の朝早くに飛び起き、両親に軽く出発の挨拶を終えるといつもの見慣れたヴェネチアの港に向かった。
その日は晴れ上がっていて、アドリアの太陽がぎらぎらと海を照り付けていた。

係留されていたガレー船は香辛料取引用に使われている大型の商用ガレー船でトスカ号と言った。
全長約54mほどで二本マストにラティンセイルを備えており、オスマン海賊対策に適度な武装がされていた。 アドリアの逆風にはガレー船の方が使い勝手が良かったのだ。

荷運びも終了し、船員が全て乗り込み係留が解かれた。
漕ぎ手がリズムをとるハンマーの音に合わせてオールを漕ぎ始める。徐々に船体が岸壁から離れていった。
船が動き出したのを合図に、パオロは同乗した上級仕官や副船長と共に甲板に出た。

アドリア海の青い海はとても澄み切っており、追い風をいっぱいに受け止めた帆がきしむ音は、否応にもこれからの旅に期待を持たせた。
ぐらりともう一度船体が大きく揺れ、進路を定めるとイメレティ王国へと進んで行く。

「さらばヴェネチア!」

パオロは徐々に小さくなってゆくヴェネチアの港に向かって心の中でそう叫んだ。
実に彼がヴェネチアを見るのはこれが最後になるという事は、彼本人でも知る由は無かった。

【続く】

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プロフィール

クレー・パオロ

Author:クレー・パオロ
所属国:ヴェネチア出身フランス人
商会:フライング・サーカス
本拠地:ロンドン
店舗:A鯖リスボン、銀行前

A鯖リスボンを中心に活動する創業まもない呉服店です。ヴェネチア発、着物文化を世界に広げましょうw

大海原を駆け抜けつつ、新旧問わずお気に入りの呉服(だけではなく洋服も…というか洋服が多いかも)を独断と偏見に基づき勝手にコーディネートして回りたいと思います。DOLの魅了は洋上だけにあらず!ということで貴方のお気に入りの一着はどれですか?

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